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素問

7月12日(日)素問勉強会2015.08.12

●日 時:平成27年7月12日(日) 

●会 場:大阪府鍼灸師会館3階 
  
●講 師:日本鍼灸研究会代表 篠原 孝市 先生

◆『医道の日本誌』2015年7月 臨床に活かす古典 
 「№39 気至」のお話より
  「気が至る」というのは、「得気」ともいわれるが、手技のことを述べてきて、そ
 の延長線上で「気至る」というテーマにした。「気至る」というのは、一言でいって
 何かと言うと、施術効果というものがあるという、それのための確認である。
  施術上で「気至る」というものが出てきたものとして有名なものは『霊枢』九鍼十
 二原篇の文章で「刺の要は、気至りて効有り。効の信は、風の雲を吹くが若(ごと)
 く、明乎として蒼天を見るが若(ごと)し」である。「気が至る」というのが何をさ
 しているのか、この文章をみても鍼を刺したときにどういう風になれば「気至る」と
 いう状態であるのかが書かれていない。そこで、素問や霊枢の中の、九鍼十二原篇以
 降に作られた九鍼十二原篇に影響を受けている文章を使って「気至る」というものの
 さまざまな解釈が、後代の人々によってなされるようになった。
まず、その内で有名
 なのは、『霊枢』の終始篇と小針解篇にある、「気至る」というのは補瀉の結果だと
 いうもの。補瀉を行って上手くいったら気至るという状態になるというものである。
 それでもどんな状態を具体的に指しているかが、まだわからない。そこで『難経』ま
 でいくわけであるが、その七十八難に「気至る」についての記述がある。これは「気
 至る」を「得気」という表現を用いて書いてある。「得気」「気を得る」とは、それ
 以前の補瀉の手技の途中で行われるものというのでは無く、まず鍼を刺す。すると気
 至るという状態になる。そうなった後で補瀉をするという風に書いてある。それまで
 は「気至る」というのは補瀉の一部だったものが、まず「気至る」とか「得気」とい
 うものが有り、そしてそこから補瀉をするというものになる。その後の書物は、全て
 まず「気至る」というのがあって、その後に補瀉をするという事が定着していく。
  今から1000年ぐらい前に、難経が著されてからでも700~800年以上経ってか
 ら、やっと「気至る」「得気」という状態が具体的に定義されるようになる。有名な
 『太平聖恵方』という北宋時代の本があり、「鍼をした後で、その鍼を魚が呑み込ん
 で引っ張るような反応がある」といっている。
気が来ない内は、そういった「鍼体に
 対する反応はない」というような記述が出てくる。「鍼が動く」「鍼が龍のしっぽみ
 たいに動く」というような記述もある。「鍼の下がぐっと締って簡単に動かなくなる」
 などが鍼の得気というものであると。
  「気至る」をみるというのは、ひとつは脈状の変化、もうひとつは、患者さんの歩
 き方や体の動かし方、目の感じ、声、呼吸の深さなどがある。まなざしというのは実
 は非常に重要であって、目の感じをみるだけで、その人の元気や余力とか回復力をみ
 ることが出来る。目の力がなくなると、やはりよくない。死が訪れる前などは、目の
 感じが変わるというのは本当である。眉間の部分や壇中の部分の光、輝き、つやとい
 うのが無くなるのは、気が来ていないあらわれである。適切な鍼をすると、そういう
 所が赤くなるということがある。壇中は気の海と言われているのであるが、実は眉間
 の部分も気が集まってくる場所、要は診断されるための場所ということである。

◇六元正紀大論篇第七十一 第五十九章~第六十一章 第五十九章より抜粋
  は言われた。「六気の作用について聞きたい」と。 
  岐伯が答える。「六気の作用というのは、勝たざる所(克される氣)に作用を及ぼ
 して、ものを発生させたり、変化させたり致します。でありますから、太陰雨化(た
 いいんうか:太陰濕土)は、太陽(太陽寒水)に影響を及ぼします。 
  太陽寒化(たいようかんか:太陽寒水)は、少陰(少陰君火)に影響を及ぼし、
 陰熱化
(しょういんねつか:少陰君火)は、陽明(陽明燥金)に影響を及ぼします。
  陽明燥化(ようめいそうか:陽明燥金)は、厥陰(厥陰風木)に影響をおよぼし、
 厥陰風化(けっちんふうか:厥陰風木)は、太陰(太陰濕土)に影響を及ぼします。
 それぞれ、その方位(東西南北)と月(12か月の月)に定めるところによってその作
 用が現れます」

*五行の相生相剋の観念が入っている。たとえば「木」ならば、勝たざる所は「土」、
 「火」ならば勝たざる所は
「金」である。
*太陰雨化は、太陰濕化とするのが良いと、張琦は『素問釋義』で指摘している。
*少陰は少陰少陽が妥当であると『新校正注』は言っている。
                (素問勉強会世話人 東大阪地域 松本 政己)

:)次回は、六元正紀大論篇第七十一 第六十二章からです。