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素問

8月素問勉強会 「八月特別講義」2015.09.08

●日 時:平成27年8月9日(日)

●会 場:大阪府鍼灸師会館 3階

●講師:日本鍼灸研究会代表 篠原 孝市 先生

◆『古典鍼法の手技について』

 Ⅰ 中国古典医学の鍼法と手技より一部を抜粋

総説
 刺法というのは、選穴の後に生まれてきたと言ってもいいものです。それは、鍼灸
の色々な古典を見るとほとんどがつぼの本で、つぼに部位と主治病証が書いてあると
いう、ほとんどがそういうものです。鍼の刺し方というのは、それだけが別の本に書
かれているというのがありますので、そういう意味でも、選穴優位という風に来てい
るのではないかと思います。しかし、それには理由があるわけでして、鍼の刺し方と
いうのは誰でもわかっていることですから、鍼のための診察というのがまず大事です。
古典的にいえば臓腑や経絡、病態の診察、そういうものになります。
 古典的な診察には古典的な診察法というのがあります。古典的な診察法というのは
決まっているわけです。代表的なものは脈をみることと、症状をみることです。ずっ
と後の時代に、腹診と舌診が加わるのですが、中心になるのは脈をみることと、症状
をみることです。それがまず必要であるということになります。もう一つは「つぼを
選ぶ」、選穴ですね。この選穴も、どういう風に穴を選ぶかということは、歴代の大
変な問題と言えます。つぼは、いっぱい有りますから。手足のつぼだけでも約120穴、
全身では約360穴、これだけのものがあって、ぐっと縮めて、江戸時代も日本の流派
みたいに100穴ぐらいにする。あるいは70穴ぐらいにする。数を縮めてもこれぐらい
のつぼがあるわけで、それを診察に基づいてどこを選ぶかというのは、意外と難しい
問題だということになります。それから施術法ということになります。
 古典的にということになると、手技が診察と結びつくということが絶対に必要とな
ります。どんな手技を使うのか。たとえば鍼を刺して、置いておく(置鍼)というの
があります。あるいは散鍼とか皮膚鍼とか接触鍼というのがあります。ここは置鍼を
する、ここは散鍼をするというのがあるわけですね。例えば体が暖かい時、冷たい時
に散鍼と置鍼のいずれを使うのかということです。
 しかし暖かい、冷たいだけでは無くて、色々な症状がありますね。たとえば、めま
いがしている時、膝が痛くて腫れている時、肩が上がらない時に置鍼と散鍼のどちら
がいいのかという事があります。具体的な問題になってくると置鍼なのか散鍼なのか
というのは意外と決まっていないという感じがします。
 ①鍼法のための診察 ②選穴 ③施術法 鍼法を論じるにはこの三つが無いといけ
ない。
 古典的な鍼法というのは、誰かが何かをやっていて、すごく効いたというのでは無
くて、古い時代の書物にある鍼法はということです。その鍼法を『素問』と『霊枢』
で読むと色々なことが書いてあっても、大体は五つぐらいの要素に分けることができ
ます。
 最初に刺鍼の心得というものがあります。これは、非常に難しい仰々しい文章で書
いてあるのですが、おそらく2000年前にはよく理解できなかったかもしれないような
内容で書かれています。文学的でもあります。鍼の心得というのは、たとえば「持針
の道、堅き者を宝と爲す。正して指して直に刺す、左右に針すること無し(『霊枢』
九針十二原篇)」みたいな心得というものがあります。
 二番目が補瀉、三番目が繆刺(巨刺)、わかりやすくいえば左に症状があれば右に、
右に症状があれば左にということですが、これも実は単なる反対側治療ということで
は無くて、診察が実はあるわけです。繆刺ならば繆刺の診察法というのがあるわけで
す。
 四番目は各種の鍼法です。これは、もう今は行われなくなりましたが、九刺などが
あります。
そして最後が九鍼ということになります。九鍼というのは、私の考え方で
はこれも鍼法の一つである。鍼(道具)に仮託された手技手法の名前である。
 本来『素問』や『霊枢』というのは、ばらばらのものです。そのままではまとめて
読めないようなばらばらのもので、後の時代の人たちが何とかそれを読もうとすると、
それを要約して要らないところは削って、そして何とか診察、鍼の刺し方なりの診察
と選穴をくっつけるという風にやるしかないわけですね。

補瀉
 2000年前に『素問』や『霊枢』が出来た時に、『霊枢』の「九針十二原篇」の補瀉
の文章はよくわからないので、仕方なく「鍼解篇」と「小針解篇」という二つの注解
を作って『素問』『霊枢』の中に入れた。それらの篇の解釈に基づけば、「九針十二
原篇」の文章は、ある程度はわかる。
 もう一つ、「九針十二原篇」を元にして書かれたものが『素問』『霊枢』の中に四
つあり、「離合真邪論」「八正神明論」「調経論」「官能篇」である。そこでは、難
しい九針十二原篇の文章をやさしく解釈しています。まず、呼吸に合わせて鍼を出し
入れする。息を吐いた時に鍼を刺し入れるのが補法で、吸った時に刺し入れるのが瀉
法というものです。もう一つ、これは一番ポピュラーで、今でもよく使われています。
鍼を抜いた時に穴を閉じるか閉じないかというものです。
 深い、浅いという鍼の刺す深さ、刺した鍼の下が熱くなるか冷えてくるかというこ
とが、補瀉に関係あるんだということも、もう古い時代の文章(『霊枢』終始篇、『
素問』鍼解篇、刺志論)に出ています。
 灸法の補瀉というのは、『霊枢』の「背腧篇」に出てきます。息を吹きかけて早く
もぐさを燃やすか、燃やさないかというやりかたですね。これも後々まで使われてい
ます。ただし灸そのものが虚実ということを前提にしていないので、灸法の補瀉を書
いてくれたのは結構なことですが、混乱する原因になったのではないかと思います。
 補瀉というのは、体の状態によって補法をやっても瀉法になるということが有りま
すので、おそらく一穴にたくさんの灸をするのが補法になるのではないか、という風
に私は思っています。『霊枢』の「背腧篇」にある早く燃やせば瀉法になり、自然に
燃やせば補法になる。つまり灸はそのままでやれば補法というような事ですが、まあ
そういう風なものではないかなあと思うのです。
 『素問』や『霊枢』の中にある非常に重要な診察法や、鍼の刺し方というのが、こ
とごとく無いというのが『難経』の特徴です。おそらく、それが後漢時代(AD25~
220年)の頃の基本的なものだったのではないか、という風に思います。『素問』や
『霊枢』にあって『難経』に無いという事は、『難経』の時代には、もう十分に理解
できなかった、あるいはもう必要無くなった、のどちらかだと考えたらいいと思いま
す。
 『難経』の補瀉というのは、手技のことがほとんど書かれていないというのが特徴
です。『難経』七十八難にあります。『難経』の補瀉の特徴は、つぼを使っての補瀉
です。手足の五兪穴というものを使うという方法が、『難経』の補瀉です。つまり選
穴による補瀉です。これは選穴の補瀉ということでいいのですが、実は補瀉の問題と
いうのは、実際上、選穴の補瀉という風にまとめていいのかどうかという問題があり
ます。選穴の補瀉で扱っている問題というのは、実は病態像を複雑化するというか、
構造化して観るというのか、それまでは比較的に単純であった病態像を陰陽五行説に
よって、たいへん複雑化するということが大きなテーマであった、という風に私は今
思っています。つまり『難経』にある虚実補瀉論というのは、実際には病態の五行的
な複雑化というようなものではないのかという風に思います。ですから『難経』を読
んで、それをまともに受け取ると、病気を陰陽五行的に複雑に解釈してしまうという
傾向があります。
 『素問』や『霊枢』を読むと、どちらかというと病態というものを非常にあっさり
と目に見える、たとえば細絡があるから細絡をとるとか、ここは硬いからここに鍼を
するという、そういう何か目に見える、目に触れる、そういうものになりますね。し
かし『難経』は病の構造化です。目に見えない構造的なものを、虚実と五行説によっ
て見出すということですから、もし真剣にやってしまうと非常に複雑に病態をみると
いう、そういう風になる傾向があると思います。
 三国時代(AD220~280年)の補瀉というのは、『脈經』と『甲乙經(鍼灸甲乙
經)』に引かれた『明堂』に出てきます。『脈經』では、こういう脈状の場合は補い
なさい、または瀉しなさいということが出てきます。脈と言うのは、症状と同じでか
らだの病態の表れですから、脈というのは症状と同じなのです。
 『甲乙經』の中に引かれた『明堂』、これを『明堂』と言っているわけですが、こ
れに出てくる補瀉は多くないです。13条ぐらいです。『千金方(備急千金要方AD682
年)』では9条ぐらいです。補瀉は『素問』と『霊枢』の中に手技によるものが論じら
れ、『難経』の中では選穴による補瀉が論じられていますが、『明堂』や隋唐時代(
隋AD581~617年,唐AD618~907年)の本では、ごくわずかに主治条文の中に出て
くるだけになったというのが現実だと思います。
 補瀉というのは後漢時代(AD25~220年)に一度非常に重んじられ、その後あい
まいになって姿を消して行き、やっと元明時代(元AD1279~1367年,明AD1368~
1661年)になってから、『素問』『難経』の経文をひっくり返して、もう一度元明時
代の補瀉論を作った、というのが本当だと思います。補瀉論は後漢時代のものと、そ
れを材料にしてもう一度、打ち立てた元明時代の補瀉論の二つがあります。

*次回は、9月13日(日)『六元正紀大論篇 第七十一 第六十二章』からです。
                 (素問勉強会世話人 東大阪地域 松本 政己)