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9月素問勉強会2015.10.12

●日 時:平成27年9月13日(日) 
●会 場:大阪府鍼灸師会館3階 

●講 師:日本鍼灸研究会代表 篠原 孝市 先生 

●『医道の日本誌』2015年8月 臨床に活かす古典 「№40 灸法」のお話より 
 江戸時代の中期後半お灸というのは鍼の専門家ではない古方派の医者に非常に重用さ
れた。
陽の気を強めるという観点も有ったのか非常に重用された。金元明医学的な診察が要ら
ないという事や外因も内因も不要で病証に基づいて使えるというところも重用された理
由だろう。後藤艮山(ごとうこんざん)、後藤椿庵(ごとうちんあん)、香川輿司馬
(かがわよしま)などの古方派の医者やそれに連なる人たちが自らの本の中でお灸を論
じるようになり、古いお灸がだんだん復活してくるようになった。古いお灸といっても
文献の中に出てくるものだけでは無くて、その当時の民間のもの、それと古い時代から
書物により伝わってきた「本朝灸法」といわれるもの、それらをくっつけて三宅意安は
『灸焫塩土伝』(きゅうぜつえんどでん・1758)を著し、浅井惟亨・平井庸信は『名家
灸選』(めいけきゅうせん・1805~ 1803)を著してそれらが世に流布していくという
風になった。お灸は隆盛となるが、その分だけ鍼は衰えて段々と手技療法や他のものと
一緒になっていくという風になった。明治時代以降も、お灸が黙認されたのは類似であ
る経験だから「まあいいだろう」というような感じで黙認されてきたという所が大きい
のではないだろうか。古いものはヨーロッパ系の医学が出てきた時に全部無くなる予定
であったが、効果が有ったり患者が秘かに行って良かったというものが有り、しかたな
く「経験」ということで救いにきた。古い経験なのでわけがわからないものだけれど、
「まあいいだろう」ということで続いたというのが本当だと思う。鍼灸はだめという風
になるはずであったが経験という救いを持ってきて助かったというようなも
のであると思う。 

灸壮について
*1壮、2壮と灸をすえる回数を数えるのに用いる「壮」の字について「壮」の字とい
うのは割合時代が新しくなってから、ここ200年ぐらいの間でいくつかの注目するべき
説が出てきている。「壮」は壮人(元気な人)から来ているという説は間違いである。
段玉栽(だんぎょくさい:1735~1815)という人は「壮」というのは焼く、焼灼の「灼」
と同じ意味だという説を立てている。「灼」の音に近い壮の字を(その音を借りて)使
っているということを言っている。似たようなことを日本の曲亭馬琴も言っている。一
番良い説は「壮」というのは、音の意味から考えて傷れるの「傷」の字であると言って
いるもの。「傷」というのはお灸の傷跡がつくからという事である。この「傷」の意味
が「壮」になったというのが幕末の頃の日本人、鈴木暘谷(すずきようこく:1716~
1816)の説である。これは意味がある説だと思う。今から30年ほど前に中国では安徽中
医学院の中医が「壮」の字は「創」、キズの意味がある「創」と同じ意味だということ
を言っている。この「傷」や「創」という説はかなり根拠があると思う。

●六元正紀大論篇第七十一 第六十二章・六十三章

  第六十二章より
*この部分はこれまでの運気論的な内容からすると少し内容が違う。この内容は前の文章とも、もしかすると後ろの文章とも合わないかもしれない。第六十二章に合わせて第六十
三章を解釈すれば出来なくはないが、少なくとも前の文章とは合わない。本来この文章は
ここに有るべきものでは無いのではないかと言われている。

 黄帝問うて曰く、婦人の重身、之を毒すること何如ん、と。
 岐伯曰く、故有れば殞(やぶ)ること無く,亦(ま)た殞(やぶ)ること無きなり、と。
黄帝が問う。「婦人が妊娠した状態で作用の激しい薬を用いるという事がある。それは
何故か」 岐伯がそれに答える。「特定の理由がある場合は母親にもおなかの子にも悪い
影響は与えないのです」と)
 帝曰く、願わくば其の故を聞かん。何の謂(いい)ぞや、と。
 岐伯曰く、大積(たいしゃく)、大聚(たいじゅう)をば、其れ犯す可し。其の太半(たいはん)を衰えしめて止む。過ぎる者は死す、と。(は言われた「特定の理由と
は何か。聞きたい」と。岐伯がそれに答える「大きい積聚(しゃくじゅう)が有ること
です。そうなった場合は強い薬を使ってもよいのです。積聚が半分以上あるいは多くの
部分の勢いがなくなれば薬をやめないといけません。それ以上に過剰に投薬すると死ん
でしまいます」と)
 
                          (素問勉強会世話人  東大阪地域 松本政己)