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素問

平成30年11月素問勉強会(30年度)/『素問』至眞要大論篇第七十四注 第五十八章より2018.12.22

●日時:平成30年11月11日(日) ●会場:大阪府鍼灸師会館4階
●講師:日本鍼灸研究会代表 篠原孝市先生

・医道の日本2018年11月号 『臨床に活かす古典№78 解読 その3』のお話より
 
  現代語による経穴部位の表記では、体表面からすべてを決めて表記するという方法がなにかあれば、それを採用するのが良いと思う。もちろん、鍼をするときのトラブルを避けるために穴(つぼ)の位置にどんな血管が流れているかなどということは知っておく必要がある。
 経穴の部位は解剖学によって決まっているわけではないのでそれを把握したかたちで、体表面から見た表記の研究をする必要があると思う。
 
 経穴の位置はひとつであるべきだという考えかたは、まちがっていると思う。神庭穴などは、紀元1000年を境に前と後ろの時代で位置がちがう。データーを取る時にひとつでなければできないということであれば「第一神庭」「第二神庭」とすれば良いと思う。
 
 骨度法と同身寸は、使わないと経穴の位置がとれないので、ある時期から使われてきたのであるが、ほんとうにそうなのかということは研究しないといけないと思う。

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★『素問』至眞要大論篇第七十四注
 
第五十八章
 
 帝曰く(いわく)、論(ろん)に寒を治する(ちする)に熱を以てし(もってし)、熱を治するに寒を以てすと言えども、方士(ほうし)は繩墨(じょうぼく)を廢して(はいして)其の(その)道を更むること(あらたむること)能わざるなり(あたわざるなり)。熱を病む者有り、之れを(これを)寒すれども熱す。寒を病む者有り、之れを熱すれども寒す。二つの者、皆な(みな)在りて、新病復た(また)起こるは、奈何して(いかにして)治せん、と。

(訳文)
 帝が言う。「ある説によると寒の病証を治療するのに熱の性格をもつ薬をつかい、熱の病証を治療するのに寒の性格の薬をつかうという。医者というものは治療の大原則を変えてしまうということはできないものなのだ」  
「熱の病のひとに寒の薬を投与する。しかし熱病が取れない。寒の病のひとに熱の薬を投与すれば治るはずなのに、治らない。熱病や寒病が治らないのにもかかわらず、新病があらたに加わる。たとえば熱病があった上に寒の病証がどこかに加わったりする。そうなった場合、どのように治療をするのか」
 
 
 岐伯曰く、諸々(もろもろ)之れを寒すれども熱する者は、之れを陰に取り、之れを熱すれども寒する者は、之れを陽に取る。謂う(いう)所の其の屬(ぞく)を求むるなり、と。
(訳文)
 岐伯が答える。「さまざまな病証の中で、寒の作用のある薬を服用して熱の病証になるものは、(ほんとうの熱証ではなく陰が主証である熱証なので)陰証とみなします。熱薬を服用して寒の病証となるものは、陽証とみなします。病の種類が本当は、寒熱のいずれに属するかをちゃんと求めないといけません」
 
 
 帝曰く、善し。寒を服すれども反って(かえって)熱し、熱を服すれども反って寒す。其の故(ゆえ)何ぞや、と。岐伯曰く、其の王氣(おうき)を治す、是(これ)を以て反す、と。
(訳文)
 帝が言った。「よくわかった。では、なぜ寒薬を服用して、かえって熱が治らなくて残ったり、熱薬を服用して、寒の病証が残ったりするのか。この理由を聞きたい」
 
 岐伯が答えた。「王氣を治療する。これがまちがいのもとなのです」
 
(解説)
王氣:「王」は「旺」と同じ。盛んになるという意味がある。表側に現れている盛んな気のこと。
 
 帝曰く、王を治せずして然る(しかる)者は、何ぞや、と。
 
 岐伯曰く、悉らか(つまびらか)なるかな問えるや。五味の屬を治せざればなり。夫れ(それ)五味、胃に入りて、各々喜んで攻めるところに歸す(きす)。酸は先ず肝に入り、苦は先ず心に入り、甘は先ず脾に入り、辛は先ず肺に入り、鹹は先ず腎に入る。

(訳文)
 帝が尋ねた。「では表面上の熱や寒にとらわれないで、からだの中はどうなっているのかと考えて治療したのに、それでもうまくいかない場合はどうなのだ」
 
 岐伯が答える。「なんと詳細な質問でしょう。五味というものの働く場所が適切であるか否かを考えていないからです。五味の薬や食物はまず胃に入ります。そこから一番親和性のある病気の蔵(臓)に入ります。酸味は肝、苦味は心、甘味は脾、辛味は肺、鹹味(しおからい味)は腎に最初に入ります」
 
 
 久しくして氣を増すは、物化(ぶっか)の常なり。氣増して久しきは、夭(よう)の由(ゆえん)なり、と。
(訳文)
「長い間、同じ味を食べ服用し続ければ、その味に親和性のある蔵の気が増えます。そして、ほかの蔵との間に気の偏りができます。特定の蔵の気を増すことが長い時間続くと病気を発生させ健康を失わせる理由となります」
 
 
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(素問勉強会世話人  東大阪地域 松本政己)