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素門勉強会 令和元年11月10日その22020.08.08

素門勉強会 令和元年11月10日その2
Fresh2020年1月号(№285)掲載記事の続編
*新型コロナウィルス感染症予防のため令和2年6月14日(日)の勉強会が休講になりました。そこで令和元年11月10日(日)のお話から、前回掲載記事で載せきれなかった部分を「蔵出し」いたします。
 
 
素問勉強会
講師: 日本鍼灸研究会代表 篠原 孝市 先生
日時: 令和元年 11月 10日(日) 
会場: 大阪府鍼灸師会館 3階  出席者: 会員8名  一般12名   
 
 
・医道の日本 2019年10月号・11月号 『臨床に活かす古典№89・90 難経その4・その5』のお話より(その2)
 
・中国での『難経』に対する批判について
 
近来になって来ると『難経』は批判にさらされることとなった。私が最初に見た『難経』批判は、陳存(ちんそん)(じん)(1908年~1990年)が書いた『中国針灸沿革史表』(岡西為人『中国医書本草考』第6章・中国鍼灸沿革史所収の抄訳による)にある文章であった。その中の文章で『難経』六十二難から八十一難を取り上げて「鍼灸について重大な貢献は無い」「技術を論じた部分は10分の1に及ばず想像的理論が10分の9をしめている」と書いている。
 
明の高武(こうぶ)という人が書いた『鍼灸(しんきゅう)(せつ)(よう)』という本がある。『素問』『霊枢』の中から鍼灸に関する条文を選んで書かれている。陳存仁は、この本は非常に立派な本で、非常に識見がある。大したものだ。敬服すると書いている。しかし陳氏は知らん顔をしているが、この本の三巻の内の最初の一巻はすべて『難経』の写しである。『難経』で陳氏がけなしている部分をたくさん引用しているのであるが、何かおかしいなと思う。『難経』を批判するのであれば、高武が『難経』を引用していて、けしからん、ほかは良いと書けば良いのに、非常に素晴らしいと書いてしまっているので、これもよろしくないなと思う。実際と違うのではないかと思う。
 
陳氏は技術というものを非常に重要視している。鍼というものはテクニックと考えるというのは日本で始まったことだと思う。鍼というものをテクニックと考えるとは、どういうことかと言うと、現実を自分の腕一本で動かせるという発想である。台風が来ても人為で何とか出来るという考えである。気象が典型的であるが、人は台風を予報してそれを避けることしか出来ない。人は自然界には勝てない。それを技術で克服することはできない。ある限度を超えるとどうにもこうにもならない。
 
『難経』には補瀉の手技はほとんど書かれていない。『素問』『霊枢』には補瀉の手技がいっぱい書かれている。『難経』には少ししか無い。その理由は簡単で、『難経』がつぼを取って補瀉が出来るということを打ち出したからである。つぼを取るとはどういうことかと言うと、人のからだを自然界の一つとして、現在こういうからだの状態があるから、ここのつぼを使うと、からだのこの状態を変更出来るという考え方である。
 
『難経』と陳氏の考える補瀉はちがうので、そこは意見の違いかと思う。手技を無視しているわけではない。なにしろ手技を主張する人は、病を病態として構造的に把握するということをあまりしない。目の前に見えているものがすべてである。
 
どこのつぼを取るか、選経通論というのが『難経』の世界であり、そこが違っているのだなと思う。
 
それから、陰陽説と五行説、特に五行説、これがいかんと日本の人だけでは無くて、中国の人も言う。
 
陰陽説や五行説など思想全般がそうであるが、思想というのはそれを迷信だと言っても駄目なのだ。思想は思想によって覆い尽くして打ち勝つ以外に勝つ方法はない。どんな思想も、迷信だと言って克服出来るということは無い。
たとえばこんな事を言った人がいるとかいないとか。「水におぼれている人がいるとする。その理由は、水に入るとおぼれるという観念に取りつかれているからなのだ。だから、おぼれなくするには、水に入っておぼれるという観念に打ち勝てば良いのだ。おぼれるという事が無いのだと強調すれば、おぼれるという事は無いのだ」ちょっとその人の話に似ている所がある。
 
陰陽論や五行論とはどんなものなのか、それから実際どのように運用されていたのか、そして実際にそれを使っている人がどのように運用しているか、運用されている実体というものを本当にどこで乗り越える必要があるか、それとも乗り越えないほうが良いのか、その問題がある。
 
乗り越えるとしたら手続きが必要だ。
 
 
陳氏は『千金方』の主治症を高く評価している。どこのつぼを使ったら効くという記述が非常に良いと言う。陳氏がほめたたえている『千金方』の文章は、私の研究によれば、それ以前の『明堂』の文章をわけのわからない所で切り刻んで、症状の記述もまた細かく切り刻んで並べ立ててあるというような類のものなので、私はあまり実証的精神とは言えないのかと思う。
 
 
 
・近来日本の『難経』に対する批判について
 
「経絡治療」と言えば『難経』というイメージがついている。それには理由がある。経絡治療を作った岡部素道(おかべ そどう)、井上恵理(いのうえ けいり)などは『難経』よりもむしろ『素問』『霊枢』を『類経』の注で読むということをしていて必ずしも『難経』というわけでもない。『難経』ももちろん読んではいるが、必ずしも『難経』だけでというわけではなかった。しかし、おそらく経絡治療といえば『難経』というふうになったのは本間祥白(ほんま しょうはく)の『難経』への傾倒という事があったのではないか。
 
経絡治療座談会というのが昭和30年代にあった。最近出版された『名人たちの経絡治療座談会』(医道の日本社)という本ですべて見ることができる。私の知っている限りで、経絡治療の座談会の中で唯一読む価値がある本だと思う。
色々と細かい部分では問題があるが、これはなかなか良い本である。その座談会に出席している人たちは「経絡治療は『難経』だ」ということを否定していない。その弟子や後に学ぶ人もみんな「経絡治療は『難経』だ」ということになり、みんなが『難経』を読む、という事になった。
 
そうなってくると経絡治療は『難経』だから、『難経』を批判すると経絡治療批判になる。経絡治療を気に入らない人が『難経』を批判すれば、それで良いのではないかという傾向がどうしても出てくる。昭和30年代、経絡治療夏季大学ができて、経絡治療が古典派の主流になってからはより、それが激しかったと思う。
 
文献の研究ということと、臨床的にどういうものを評価するかは別のことである。
『難経』というのは経絡治療を実践している人が思っているようなものでは無いが、かといってめちゃくちゃに非難されるものでも無い。しかし「経絡治療」というのが一つの研究の体系である以上、体系ある所に批判が起こったのである。
 

(素問勉強会世話人  東大阪地域 松本政己)