報告令和7年度9月度学術講習会NEW
令和7年度9月度学術講習会

【日時】令和7年9月14日(日) 13:30~15:00
【演題】
・学術講習会
「経絡治療の基礎と本質」
「経絡治療の実際(実技供覧)」
講師:経絡治療学会 理事 いわなみ鍼灸院 院長 橋本 厳先生
【会場】大阪府鍼灸師会会館3階
「・・・経絡って何ですか?」患者さんにこう聞かれた時、皆さんはどう分かりやすく答えますか??
橋本先生は、経絡治療大家の岡田明祐先生の最後の内弟子である。1994年の経絡治療夏季大学に参加された時に、鍼灸で食べていけるように、と目標が定まり、それから弟子入りされて技術を磨かれた。
経絡治療とは、1つの治療法というよりも、伝統鍼灸を行う大きな会派である。歴史としては昭和初期1930年代、柳谷素霊師および岡部素道師らを中心に古典鍼灸復興、鍼灸の虚実補瀉法の体系的な解明が進められ、経絡治療成立の契機となり、現在まで受け継がれている。
経絡治療の定義とは、「あらゆる疾病を経絡の虚実として把握し、虚実を補瀉することで治癒に導く随証療法である」。経絡は体の内外を循行し、臓腑を連絡するため、気血の循環が滞ると不調や疾病を生じ、これを主に脈診で判断する。
実際、臨床的には是動病、所生病だけの分類では治療ができず、また経絡病証だけでは病証把握ができないため、脈診が必要である。
「六部定位脈診」は寸口(橈骨動脈)の拍動から経絡と臓腑を診る方法で、左右の寸関尺で十二経の経絡の虚実を判断する。これ以外でも、全身の重要な動脈(浅側頭動脈・尺骨動脈・橈骨動脈・足背動脈・後脛骨動脈など)も合わせて診る習慣があると良い。
脈診修得のコツとしては、まず陰経を診て、虚している陰経はどれかを探し、最も虚した陰経を見つけて補う。(実は後回しでも良い。)
本治法は「虚すればその母を補い、実は子を瀉す」(難経六十九難)を前提とし、自経(主治経) と母経の二経虚証を基本証とする。基本は補である為、まず虚を補い、実を瀉す。
証決定において、もし初学者で全く脈が分からない場合でも、まず右と左の脈を比べてどちらが虚しているかで、大まかに肝虚か腎虚又は脾虚か肺虚、の2つに絞れる。それからさらに1つの証に決める時に、もし分かりにくい場合は、お腹に鍼をし、さらに陽経に鍼をするともっと分かりやすくなる。
刺法の原則について、『霊枢』九針十二原第一より、刺鍼の速度を使い分ける「間」が重要である。また、未熟な者は要穴のみを使い、高度な術者は経絡の虚実を捉え自在に施術するとある。
また重要な補瀉手法についていくつか紹介していただいた。提按:取穴において、補は気を集め、瀉は気を散らす。迎随:刺鍼において、補は経の流れに随い、瀉は経の流れに逆らう。呼吸:補は呼気に刺鍼し、吸気に抜鍼。開闔:抜鍼において、補は早く按じて鍼孔を閉じ、瀉は鍼孔を按ぜず閉じない。

治療の手順としては、まず切脈(望診+ 聞診+ 問診と同じ位の情報)を基本として、全身を診る。今現在の患者の身体の情報は脈診が上位である。脈診で臓腑経絡の情報を得て、証を決定する。
今回は特別に『随証選穴超簡略版』を公開していただき、これに標治法(従来の治療)を組み合わせると誰でも経絡治療ができ、また訴えの場所だけでなく、必ず全身をみることになる。
①腹部:本治法補助(中脘・天枢・関元他)+ 募穴(証により期門・少腹・章門・中府を選択)
②要穴:本治法(母補)肝虚証/陰谷・曲泉、腎虚証/経渠・復溜、脾虚証/労宮・大都、肺虚証/太白 ・太淵
③頚肩部:散鍼(単刺)で太陽経の気を促す(標治・局所)
④背腰部:主証関連の兪穴(本治法補助・標治・局所)
⑤下肢:太陽経の気を引く(委中・承山・飛揚・崑崙他に適宜)
刺鍼の技術については、微細な運鍼で鍼先に心をつけること、つまり鍼先がどのような状態で身体の中に入っていくかをイメージすることが特に大切である。
また、「気が至れば、それ以上鍼をする必要がない」と霊枢にもあるように、鍼妙についても、「鍼響以前に術者にのみ触知し得る微妙なものである」、あくまでも術者が感じるものでなければいけない。

「経絡治療の実際(実技供覧)」
2講目では、会場から2人モデル患者を選出し、細かく解説していただきながら治療のデモストレーションをしていただいた。
[症例1]男性患者、主訴は足のだるさ。脈診では右寸口が弱い為、肺虚証。肺虚タイプは横になっているのが苦手な為、ベッドに座って待っていることが多い。①腹診では腹に力がないため、まず中脘に施灸(米粒大の透熱灸・無痕灸)すると全体的に力が出てくる。その後、季肋部、天枢、下腹部に散鍼。②鎖骨下に打鍼。前腕に陽経の処置(曲池と手三里)。太淵に補法(左手で脈拍を感じながら右手で撚鍼手技をかける)。
下肢は脾経に瀉的散鍼。太白に補法。胃経の処置(上巨虚と下巨虚)③伏臥位で背部の腠理の状態を観察して、締まっている所は汗がかけない。首肩背中に上から下に気を流すように刺鍼。膈兪より上は動きやすいため補的散鍼(提按)を行い、膈兪より下は動きにくいため、必要に応じて置鍼する。下肢に提鍼。
左手で患者の呼吸をみながら呼気に合わせて打ち、また話しかけながら患者に喋らせて治療をすると補法がやりやすい。④背腰部の兪穴に置鍼(この時鍼の向きを綺麗に揃える)。刺鍼は雀琢(腕全体の力で細かく動かす、コツは押手の示指に鍼を沿わせてレールにする)にさらに捻り(撚鍼)も加えて気の至りを待つ。また取穴が大事で、鍼をするポイントには必ず左手でしっかりと捉えてから刺鍼する。
接触鍼も便利なので併用しており、手指の叩打法とバネの提鍼を組み合わせて中指でリズムよく浅くつく。最後に検脈して「どうですか?」と患者にも確認することが補法に繋がる。
さらに仕上げは座位で肩に軽く提鍼で整えることで、ほどよく気が上がるため、頭がすっきりして治療後のだるさなども出にくい。
[症例2]男性患者、主訴は右顎関節症。右顎の前の脈の方が弱いことを蝕知し、慢性の場合はまず先に右顎(下関・上関)周囲に数か所置鍼。脈診では肺虚証。特徴としては缺盆が凹んでいるのと、鎖骨周りが薄いなどの所見がある。腹部に散鍼。
その後、腹部、上肢、太淵に鍼を使わずに鍼管と手技だけで見せていただき、経絡の気が動くことを患者に体感してもらったのは驚きであった。つまり、鍼で変化を出す以前に、手技や手法が大事で、鍼をしているイメージで働きかけることで気が動くことを強調された。
取穴の際のポイントは、「穴を開く」取り方、つまり対角線上に向かってとるということ。例えば足の場合、腎経は胃経の方向へとる。胆経と脾経、肝経と膀胱経も同様。
次に伏臥位にて、大椎周りに細絡あり(肺気の巡りが悪いと冷える)。補法はしっかりと気を集めて取穴をし、呼吸を見て抜鍼、直ちに蓋を閉じる。右手の片手挿管中も、左手ではずっと患部の反応を探っており患者から手を離さないことで連続的に情報を取りながら変化をみている。これにより短時間の手早い手技においても、結果的に患者の満足度は高い。特に左手の感覚を鍛えることが臨床成績を上げることに繋がり、右脳優位に使うことになるとのこと。ぜひ片手挿管をしながら左手で患者を触る練習をすると、とても大きな武器になるのでお勧めである、とアドバイスをいただいた。
橋本先生は、通常の臨床で患者さんと上手に会話しながら、置鍼の時間を利用して、数人同時進行で治療を行っており、その為には、右脳を鍛える必要があるとのことです。
実際に、実技中は常に話をしながら、周りに気を配りながら、同時にいくつもの作業をこなすところに、患者さん対応の為の重要なスキルを見せていただきました。
理論だけでなくまずは目の前の患者さんに対して、どう満足してもらえる治療や説明ができるか、を大事にされているのを感じ、臨床の根底にある大切なことを教えていただきました。
「補瀉手法」をはじめ、臨床技術を惜しみなく披露していただき、また「気」に対する理解も深まり大変勉強になりました。今回、本治法で使う経穴はある程度パターンが決まっているため、実践的でシンプルな治療だとも思われます。
もし経絡治療や脈診に苦手意識がある方も、もうワンランク上の治療効果を目指して、まずは脈をみてみる、そしていつもの治療に本治法1穴でも足してみる、というところから始めてみてはいかがでしょうか。
研修委員 上田里実
































