霊枢勉強会報告
報告『靈樞講義』校注 卷第十五 背腧(はいゆ) 第五十一
講師 :日本鍼灸研究会代表 篠原 孝市 先生日時 :令和八年(2026年)7月12日(日)第63回
会場 :大阪府鍼灸師会館 3階
出席者:会員・関係団体13名 ,一般14名 合計27名(会場16名,web11名)
○『靈樞講義』校注 卷第十五 背腧(はいゆ) 第五十一
○『黄帝内經靈樞』 背腧(はいゆ)第五十一
*馬蒔(ばじ)という人は、この篇について、こんなことを言っている。
「 論五藏之腧在背、 故名篇。 【 五藏(ごぞう)の腧(ゆ)、 背(せ)に在(あ)るを論ず。 故(ゆえ)に篇(へん)を名づく。 】 」
*彼の言うことは、おおむねは良い。 しかしこの篇は、それだけを論じているのでもなさそうだ。
○『黄帝内經靈樞』 背腧(はいゆ)第五十一 ・ 第一章
○01 黄帝問于歧伯曰。 02 願聞五藏之腧。 03 出于背者。
01 黄帝(こうてい)、 歧伯(きはく)に問うて曰(いわ)く、 02~03 願(ねが)わくは五藏(ごぞう)の腧(ゆ)、 背(せ)に出(い)ずる者を聞(き)かん、 と。
(解説)
*黄帝(こうてい)は、 歧伯(きはく)にこのように問うた。 「 五藏(ごぞう)の腧穴(ゆけつ)が背中に出ているというのだけど、 これについて聴きたいものだ。 」
○04 歧伯曰。 05 胸中大腧。 06 在杼骨之端。
04 歧伯(きはく)曰(いわ)く、 05 胸中(きょうちゅう)の大腧(だいゆ)は、 06 杼骨(じょこつ)の端(はし)に在(あ)り。
(解説)
*おおむねを訳してみようか。
歧伯(きはく)が言う。 「胸中(きょうちゅう)の大腧(だいゆ)は、 杼骨(じょこつ)の端っこに出ております。」
*本節解釈の要点は、 「胸中(きょうちゅう)」を「背中」とするべきか否(いな)かにある。 馬・張・志の明清(みん・しん)注家(ちゅうか)は、 「背中」と改めるを是(ぜ)とし、 多紀元簡(たき げんかん)、 渋江抽斎(しぶえ ちゅうさい)、 郭靄春(かくあいしゅん)もそれに賛同する。 他方、 近年の劉衡如(りゅうこうじょ)、 『靈樞經校釋(れいすうきょうこうしゃく)』下冊は『太素(たいそ)』と楊注(ようちゅう)を根拠として「胸中(きょうちゅう)」を採る。
*「胸中(きょうちゅう)」を採ると、 05節「胸中の大腧」は「膻中(だんちゅう)穴」になる。 「背中」を採ると「大杼(だいじょ)穴」になる。 これほど大きな違いがある。
*06節の「杼骨(じょこつ)」の「杼」という字は、 本来は「杼(ひ)」と読む。 機織りの道具を「杼(ひ)」と呼ぶが「杼(じょ)」と読むと、どんぐりのことを言う。 どんぐりに似た大きさの骨ということで、 通常は背中の第一椎だと言われている。 現在、 第一椎を「大椎(だいつい)」と呼ぶ。 「杼骨(じょこつ)の端」というのは「大杼(だいじょ)穴」のことだと位置づけされている、 そんな解釈がある。
**【杼】①ひ。機(はた)織りで横糸を通す道具。 (『新字源』, (株)角川書店発行, 小川環樹・西田太一郎・赤塚忠 編,1991年315版より)
*06節の「杼骨(じょこつ)」について周海平(しゅうかいへい)という人は、このように書いている。 「杼骨: “杼” 爲 “柱” 之音轉。 頸椎骨一名 “柱骨”。 頸椎骨下端爲大杼穴, 所以説 “在柱骨之端”。」
*彼はおおむね、このようなことを言っていようか。
「杼(じょ)」という字は「柱」という字の音轉(おんてん)である。 「柱骨(ちゅうこつ)」という言葉がある。 「柱骨(ちゅうこつ)」の「柱(ちゅう)」の字が「杼」と音が似ているので、文字が変化したのである。 そのように理解したほうが良いのだ。
*ここでは「膻中(だんちゅう)」と「大杼(だいじょ)」の二つの説があるが、 わたしは「大杼(だいじょ)」のほうがふさわしいと思う。 05節の「胸中(きょうちゅう)」は「背中」の間違いだと思う。 なぜ間違えたのかは、周海平(しゅうかいへい)という人の注解にくわしい。
*周海平(しゅうかいへい)という人は、 このように記している。
「胸: 爲 “背” 之誤。 “胸” 或寫作 “キョウ”( 字は「匈」の下に肉づきの「月」 ), 與 “背”形近致誤。」
*おおむねここのようなことを言っていようか。
「胸」の字は「背」の字の誤りである。 「胸」の字は「匈」の下に「月」と書く字が別体としてある。 その字が「背」の字の形と近いので書き誤まったのだ。
○07 背腧。 08 在三焦之閒。 09 心腧。 10 在五焦之閒。 11 膈腧。 12 在七焦之閒。 13 肝腧。 14 在九焦之閒。 15 脾腧。 16 在十一焦之閒。 17 腎腧。 18 在十四焦之閒。 19 皆挾脊相去三寸所。
07 肺(はい)の腧(ゆ)は、 08 三焦(さんしょう)の閒(かん)に在(あ)り。 09 心(しん)の腧(ゆ)は、 10 五焦(ごしょう)の閒(かん)に在(あ)り。 11 膈(かく)の腧(ゆ)は、 12 七焦(しちしょう)の閒(かん)に在(あ)り。 13 肝(かん)の腧(ゆ)は、 14 九焦(きゅうしょう)の閒(かん)に在(あ)り。 15 脾(ひ)の腧(ゆ)は、 16 十一焦(じゅういちしょう)の閒(かん)に在(あ)り。 17 腎(じん)の腧(ゆ)は、 18 十四焦(じゅうししょう)の閒(かん)に在(あ)り。 19 皆(み)な脊(せき)を挾(はさ)みて相去(あいさ)ること三寸(さんすん)の所(ところ)、
(解説)
*19節でその穴(けつ)が、 脊柱のところからお互いに一寸五分ずつのところにあるということがわかる。
*07節の「肺の腧」の読み方についてであるが江戸時代の初期の頃は「の」をつけて読んでいる。 「はいゆ」と読むのは後の時代の読み方である。
*08節の「三焦」、 10節の「五焦」、 12節の「七焦」、 14節の「九焦」、 16節の「十一焦」、 18節の「十四焦」の「焦」の字であるが、 『太素(たいそ)』という名の本では「椎(つい)」の字となっている。
*澀江抽齋(しぶえ ちゅうさい)という人はこのように記している。
『太素』、 「焦」 並作 「椎」、 宜從改。 【 『太素(たいそ)』では「焦(しょう)」は並(な)べて「椎(つい)」に作る。 宜(よろ)しく從(したが)うべし。 】
*楊上善(ようじょうぜん)という人はこのように言う。
「輸、 尸句反。 送致也。 」
*「輸(しゅ)」とは、ものを送るという意味がある。 「輸(ゆ)」と読んでいるが本来は「輸(しゅ)」と読む。
*馬玄臺(ばげんだい, または馬蒔)はこのように言う。
「焦當作ツイ( ツイ: 「隹」の左に「頁」の字 )。 後世作 「椎」。 「腧」「兪」「輸」 通用。
【 焦(しょう)、當(まさ)にツイ〈 字は「隹」の左に「頁」 〉 に作るべし。 後世(こうせい)「椎(つい)」に作る。 「腧」「兪」「輸」 は通用す。 】 」
**「ツイ」で表記している部分は、「隹」の左に「頁」がある漢字です。 (松本)
*次回は 2026年9月13日(日) 論痛(ろんつう)第五十三です。 いつものように当日の午前10時から12時まで開いております。 大阪府鍼灸師会三階の会場へ直接来ていただいても良いし、 ご自宅のパソコンでも受講できます。 周囲の方々へのご宣伝も、 なにとぞよろしくお願いいたします。 なおさらに学生の方々には聴いて欲しいと願っています。
*2026年4月、新年度分より受講料が改定となりました。
会員2,000円、 一般3,000円、 学生1,000円です。 勉強会を続けるためにご理解いただきますよう、なにとぞ宜しくお願いいたします。
(霊枢勉強会世話人 東大阪地域 松本政己)
































