公益社団法人 大阪府鍼灸師会

素問・霊枢報告

霊枢勉強会報告 令和四年三月

講師 :日本鍼灸研究会代表 篠原 孝市 先生
日時 :令和四年(2022年) 3月13日(日)第12回
会場 :大阪府鍼灸師会館 3階
出席者:会員20名(うちWeb11名) 一般16名(うちWeb7名) 学生7名(うちWeb6名)
*3月度は会場19名、ネット配信での受講が24名でした。


○『黄帝内經靈樞』根結(こんけつ)第五 ・ 第三章
(解説)
*この篇の経脈のかたちは、「經脉(けいみゃく)第十」の篇に著されるような「環(たまき)の端、無きがごとく、次々に他の経脈をめぐって終ることがない」というものでは無い。経脈は、それぞれつながりが無く、一つ一つのものである。また求心性であり体幹から手足のほうに戻るものはない。古い経脈説と新しい経脈説を分ける大きな指標がここにある。


○01 太陰(たいいん)は、 02 隱白(いんぱく)に根ざし、 03 大倉(たいそう)に結(むす)ぼる。
(解説)
*「太陰」は足の太陰脾経(たいいんひけい)の経絡を指す。からだの表側にあるのが「足の陽明胃経(ようめいいけい)」、裏側にあるのが「足の太陰脾経」である。隱白(いんぱく)は、今の経穴の隠白(いんぱく)と同じである。

*「倉(たいそう)」は普通「倉(たいそう)」と書く。『甲乙經(こういつきょう)』という本に中脘の別名で「太倉」が出て来る。胃の募穴(ぼけつ)である。中脘(ちゅうかん)だというのがおおむね穏当なところであるが別の説として「舌本(ぜっぽん)」、舌の根元だというものもある。しかしここは「中脘(ちゅうかん)」というのが妥当だと思う。ただ中脘ではからだの位置としては低い場所にありすぎる。それを頭の方まで持って行きたいという考えかたもある。そこで舌本が大倉だという説が出て来るのだろう。どちらの説が正しいのかはわからない。ここでは足の太陰脾経という経脈は足先から上り腹部まで、もしくは舌本(ぜっぽん)という解釈を採れば舌本までつながると言っている。

**配布資料20ページより抜粋する。
『靈樞經校釋(れいすうきょうこうしゃく)』上冊126頁云、「“太倉”: 即中脘穴。《甲乙》卷三第十九: “中脘,一名太倉,胃募也。”」
【“太倉(たいそう): すなわち中脘穴(ちゅうかんけつ)。 《甲乙(こういつ)》卷三第十九: ”中脘, 一名太倉,胃の募なり 】


○04 少陰(しょういん)は、 05 湧泉(ゆうせん)に根ざし、 06 廉泉(れんせん)に結(むす)ぼる。
(解説)
*少陰は足の少陰腎経(しょういんじんけい)のことである。

*「廉泉(れんせん)」は一名「舌本(ぜっぽん)」という。今の「廉泉穴(れんせんけつ)」でよいと思う。


○07 厥陰(けついん)は、 08 大敦(だいとん)に根ざし、 09 玉英(ぎょくえい)に結(むす)ぼれ、 10 膻中(だんちゅう)を絡(まと)う。
(解説)
*この節の「膻中(だんちゅう)を絡(まと)う」であるが『太素經(たいそきょう)』では「膻中(だんちゅう)に終わる」となっている。の字は似ているのでそういう問題かもしれない。

玉英というのは経穴の「玉堂(ぎょくどう)」だというのが定説である。

**配布資料21ページより抜粋する。
『靈樞經校釋』上冊126頁云、「“玉英”: 即玉堂穴。《甲乙》卷三第十四: “玉堂,一名玉英,在紫宮下一寸六分陷者中,任脈氣所發,仰而取之。”」


○11 太陰(たいいん)を開(かい)と爲(な)し、 12 厥陰(けついん)を闔(こう)と爲(な)し、13 少陰(しょういん)を樞(すう)と爲(な)す。
(解説)
*「開(かい)」は、外にものを出すをつかさどる。「闔(こう)」は中にものを入れるをつかさどる。「樞(すう)」は出し入れの両方をつかさどる。三陰の経脈はそれぞれに、そんな働きがあると言っている。


○14 故(ゆえ)に開(かい)折(お)るるときは、 15 則(すなわ)ち倉廩(そうりん)、輸(ゆ)す所無くして、 16 膈洞(かくどう)す。
(解説)
*「倉廩(そうりん)」はものを食べて入れておく倉みたいな所を指す。現在の「胃」の部分である。「膈洞(かくどう)」は、食が化(か)せない状態を言う。足の太陰脾経(たいいんひけい)がやられてしまうと、食べたものが充分に下っていかないでその部分でつかえてしまうのだと言っている。


○17 膈洞(かくどう)する者は、 18 之(これ)を太陰(たいいん)に取り、 19 有餘不足(ゆうよふそく)を視る。
(解説)
*どの経脈が病の原因なのかを決めるのに脈や、その他によって運用できない場合がある。そうした時には症状で運用するしかない。おそらくこの文章の背景にあるのは、そういうことだろう。


○20 故(ゆえ)に開(かい)折(お)るる者は、 21 氣(き)足らずして病を生ず。
(解説)
*足の太陰脾経(たいいんひけい)という経脈の氣(き)が不足している場合に、病が生じるのだと言っている。


○22 闔(こう)折(お)るるときは、 23 則(すなわ)ち氣(き)絶(た)えて喜(この)んで悲しむ。
(解説)
*「喜(この)んで」は普通、「喜(よ)く」とも読む。「善(よ)く」と同じ意味である。

*ここでは足の厥陰肝経(けついんかんけい)という経脈が損傷を受けた場合には、肝の氣(き)が無くなってしまう。肝の気がなくなってしまうと、筋、からだを動かすというところに影響が及ぶ。肝の気は肝の血と言ってもよい。これが絶えてしまうと悲しみの感情が起こる。肝が損傷を受けると血が滞る。そうすると形態的な変化が起こる。また心の状態にも変化を及ぼす。この場合は悲しみという症状が出て来る。


○24 悲しむ者は、 25 之(これ)を厥陰(けついん)に取り、 26 有餘不足(ゆうよふそく)を視る。


○27 樞(すう)折(お)るるときは、 28 則(すなわ)ち脈(みゃく)結(むす)ぼるる所有りて通(つう)ぜず。
(解説)
*ここでの「樞(すう)」は、足の少陰腎経(しょういんじんけい)という経脈を指す。

*「脈(みゃく)結(むす)ぼるる」という状態になると血の流れが悪くなる。これは、ある種の結滞(けったい)ということが考えられる。


○29 通(つう)ぜざる者は、 30 之(これ)を少陰(しょういん)に取り、 31 有餘(ゆうよ)不足(ふそく)を視る。
(解説)
*この場合には足の少陰腎経(しょういんじんけい)の穴を取る。

*「有餘(ゆうよ)不足(ふそく)を視る」とのことなので、必ず虚実の判定をしなければいけないと言っているのである。


○32 結(むす)ぼること有る者は、 33 皆(み)な之(これ)を不足に取る。 】
(解説)
「結(むす)ぼること有る者」この状態は、足の少陰腎経の不足から起こると言う。


【さらに勉強したい方のために】
京都大学貴重資料デジタルアーカイブ
(https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp)
渋江抽斎 ⇒ 検索 黄帝内経霊枢24巻首1巻で『靈樞講義』のマイクロフィルム画像を見ることが出来ます。

*『霊枢』の森を歩いてみませんか。毎月休まず第二日曜、午前10時から12時まで大阪府鍼灸師会館3階です。COVID-19感染予防対策の下、勉強会のご案内につきましては本会ホームページをご確認下さい。次回は2022年5月8日(日)です。お楽しみに。

(霊枢のテキストは現在5冊の在庫があります。1冊1,600円です。受講申し込み時、または当日、受講受付けにてお問い合わせください)

素問勉強会世話人 東大阪地域
松本政己

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