公益社団法人 大阪府鍼灸師会

素問・霊枢報告

霊枢勉強会報告 令和四年七月

講師 :日本鍼灸研究会代表 篠原 孝市 先生
日時 :令和四年(2022年) 7月10日(日)第16回
会場 :大阪府鍼灸師会館 3階
出席者:会員31名(うちWeb23名) 一般27名(うちWeb18名) 学生16名(うちWeb15名)
*7月度は会場18名、ネット配信での受講が56名でした。

○『黄帝内經靈樞』本神(ほんしん)第八 ・ 第一章


○42 故智者之養生也。 43 必順四時而適寒暑。 44 和喜怒而安居處。 45 節陰陽而調剛柔。
46 如是則僻邪不至。 47 長生久視。

42 故(ゆえ)に智者(ちしゃ)の生(せい)を養うや、 43 必ず四時(しじ)に順(したが)いて寒暑(かんしょ)に適(かな)い、 44 喜怒(きど)に和(わ)して、居處(きょしょ)を安(やす)んじ、 45 陰陽(いんよう)を節(せつ)して剛柔(ごうじゅう)を調(ととの)う。 46 是(かく)の如(ごと)きときは則(すなわ)ち僻邪(へきじゃ)至らず、 47 長生(ちょうせい)久視(きゅうし)す。
(解説)
*この文章を訳するとこのようになろうか。
色々なものについて広く考えたあげくに、もっとも良いものを選択する人が智者(ちしゃ)である。その人の生き方とは、春夏秋冬の陰陽の変化に適合し、喜怒やら居處(きょしょ)にも適合した状態で、陰と陽が調和した状態である。そのようにすれば、僻邪(へきじゃ)すなわち、「ゆがみ」に至らず、長く生きる。

*「44 喜怒(きど)に和(わ)して」 :
人が泣いたり笑ったりするのは、ほとんどが他の人との関係のせいである。自ら泣いたり笑ったりしているわけではない。無表情というのがあるが、何かの理由で人との関係がこわれてしまうと感情の働きというものが、こころが動かぬという状態になる。一つの理想として「喜怒を和す」ということを上げるのは結構なことであるが、人為的に出来ることではないと思う。

*「長生(ちょうせい)久視(きゅうし)す」 :
長生きをするということの象徴的な言葉である。「長生久視」という言葉がよく使われる。

*わたしは『素問』や『霊枢』のもともとの趣旨は倫理化するための元とするもの、それでは無いと思う。春夏秋冬によって人のからだは動かされる。気象を観察してそれを避けるのと同じように、それらを観察して避けられるものであれば、避けるというようなものなのだろうと思う。




○48 是故怵惕思慮者。 49 則傷神。 50 神傷則恐懼。 51 流淫而不止。

48 是(こ)の故(ゆえ)に怵惕(じゅつてき)思慮(しりょ)する者(もの)は、 49 則(すなわ)ち神(しん)を傷(やぶ)る。 50 神(しん)傷(やぶ)らるれば則(すなわ)ち恐懼(きょうく)す。 51 流淫(りゅういん)して止(や)まず。
(解説)
*「神(しん)」というのは五蔵の気であり、こころの現象をつかさどるものを言う。そう思っておいて欲しい。

*五蔵の気というものには、こころの領域を預かっているものと、からだの領域を預かっているものがある。これらは別々にあるわけではない。

*「怵惕(じゅつてき)」は恐い目にあってこころがどきどきすることを言う。「思慮」は「ああであろうか。こうであろうか」と悩み続けることを言う。

*「神(しん)」が傷(やぶ)られると、それが象徴している肯定的な感情が失われてしまう。そうすると恐懼(きょうく)、つまり恐れがあらわれる。「 流淫(りゅういん)して止(や)まず 」とは、とどまることがないということなので、ここでは「神(しん)が損傷されると、恐れの感情がとまらない」と言っている。




○52 因悲哀動中者。 53 竭絶而失生。

52 悲哀(ひあい)に因(よ)りて中(なか)を動(どう)ず者は、 53 竭絶(けつぜつ)して生(せい)を失う。
(解説)
*「竭絶(けつぜつ)」とは陽気が絶えてしまうということである。
この言葉は『素問』「四時逆從論(しじぎゃくじゅうろん)第六十四」に「陽氣竭絶(ようきけつぜつ)」とあるし『素問』「疏五過論(そごかろん)第七十七」にも「精氣竭絶(せいきけつぜつ)」とある。この二つの用例から考えてみて、ここで使われている「竭絶(けつぜつ)」とは、「陽氣竭絶(ようきけつぜつ)」か「精氣竭絶(せいきけつぜつ)」なのであろうと思う。「竭絶(けつぜつ)」という言葉を解釈する時、この言葉だけを観ていてもわからない。用例を調べることによって「陽気が無くなる」「精気がなくなる」と解釈することが可能になる。「生を失う」というのは生命活動が損傷されると言っているのであろう。

*この文章を肝(かん)の気が傷(やぶ)られた状態なのだと考える場合もある。しかし私は、ここでは五蔵全体の神気(しんき)の損傷として考えた方が良いと思う。




○54 喜樂者。 55 神憚散而不藏。

54 喜樂(きらく)する者(もの)は、 55 神(しん)、憚散(たんさん)して藏(おさ)まらず。
(解説)
*悲しむというのも、からだを損傷するが、喜ぶというのも、からだを損傷する。「喜樂(きらく)する」とは楽しくてしかたがないことを言う。肯定的な感情にとらわれているのは、ある種の病気である。元気というのは病気である。中国医学的に言うと「元気がいい」というものは、それこそが病気だと言える。不安定にならないと元気にはなれないのだ。悲しみというのはこころが不安定な状態である。喜樂(きらく)というものが過剰になった状態では、神(しん)の気が憚散(たんさん)、つまりからだの外に向かって散じてしまうのである。そしてそれを蔵することができないのだと言っている。




○56 愁憂者。 57 氣閉塞而不行。

56 愁憂(しゅうゆう)する者は、 57 氣(き)、閉塞(へいそく)して行かず。
(解説)
*「愁憂(しゅうゆう)」は「憂愁(ゆうしゅう)」と同じである。ここで「氣、閉塞して行かず」とある。気がめぐらないと言っている。気が塞(ふさ)ぐという表現があるが、こういう所から来ているのかもしれない。




○58 盛怒者。 59 迷惑而不治。

58 盛(さか)んに怒(いか)る者(もの)は、 59 迷惑して治まらず。
(解説)
*「盛んに怒る」というのは腹が立っているということだけではない。元気いっぱいに命令したり、支持したり、いわゆるリーダーシップを発揮したり、カリスマ性なども含む。

*「59 迷惑して治まらず」 :
「迷惑」はこころが惑う状態のことであるが、これが治らないのだと言う。




○60 恐懼者。 61 神蕩憚而不收。

60 恐懼(きょうく)する者は、 61 神(しん)蕩憚(とうたん)して收(おさ)まらず、と。
(解説)
*その存在が常に恐怖にかられている場合には、胸がどきどきして神(しん)の気が安定しない。





【さらに勉強したい方のために】
京都大学貴重資料デジタルアーカイブ
(https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp)
渋江抽斎 ⇒ 検索 黄帝内経霊枢24巻首1巻で『靈樞講義』のマイクロフィルム画像を見ることが出来ます。

*『霊枢』の森を歩いてみませんか。毎月休まず第二日曜、午前10時から12時まで大阪府鍼灸師会館3階です。COVID-19感染予防対策の下、勉強会のご案内につきましては本会ホームページをご確認下さい。次回は2022年9月11日(日)「終始第九」です。

(霊枢のテキストは現在3冊の在庫があります。1冊1,600円です。受講申し込み時、または当日、受講受付けにてお問い合わせください)

(素問勉強会世話人 東大阪地域 松本政己)

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